地理 第5回 国家・都市と人口   発展編

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国家の諸問題

1.世界の独立国
①近年の独立国
 21世紀に入ってから独立した国をまとめておきましょう。

 国名 独立年  地域  独立前の国 
 東ティモール  2002  アジア インドネシア 
 セルビア共和国  2006  ヨーロッパ ユーゴスラビア連邦
 モンテネグロ  2006  ヨーロッパ セルビア・モンテネグロ
 コソボ共和国  2008  ヨーロッパ セルビア
 クック諸島  2011  オセアニア ニュージーランド
 南スーダン  2011  アフリカ スーダン

②日本政府が承認していない独立国
 主な国は朝鮮民主主義人民共和国台湾(中華民国)です。
 北朝鮮とは小泉(純一郎)政権のとき,金正日(キムジョンイル)前書記との間で日朝ピョンヤン宣言を出し,国交正常化に向けた交渉を進めることで合意しましたが,一向に進んでいません。
 1972年,中華人民共和国との間で日中共同声明を発表し,国交を樹立した日本は,同時に台湾の中華民国政府との国交を断絶します。以降,民間レベルでの交流関係は継続していますが,政府間の公式接触はありません。
 国名のように使われている「台湾」というのは国名ではありません。島の名前であり,その周囲の島々を含めた地域名です。まぁ一般レベルでは台湾を国名として使っても問題ないのですが,正式に「中華民国」という国名でよんでしまうと「中華民国」という国を認めてしまうという政府レベルの問題がおこります。
 台湾の人々が実際,自分たちの国名をどうよんで生活しているかはわかりませんが,彼らの深い緑色したパスポートにははっきりと「中華民国」と書かれています。

③国連加盟国
 現在の国連加盟国は193ヶ国です。これもおよその数はおぼえておきましょう。その中には日本が承認していない国も含まれます。
 21世紀になって独立した国のうち,コソボとクック諸島は未加盟です。その他台湾(中華民国),バチカンが非加盟国の代表例です。
 またスイスは2002年に加盟した新しい加盟国であることは知っておきましょう。

2.国連海洋法条約
①領海
 海岸線からとなっていますが,実際の海岸線は出入りが激しくそこからいちいち12海里というのは複雑すぎる。そこでだいたい直線となるように基線というのをもうけてそこから12海里ということにしています。

接続水域
 尖閣諸島の問題が大きく取り上げられるようになって「接続水域」という言葉を耳にするようになりました。接続水域とは領海からさらに12海里の水域(沿岸から距離では24海里)で,主権が及ぶ範囲ではありませんが,沿岸国に関税・出入国・衛生などの規制をすることが認められた海域です。つまり中国の船が接続水域に侵入した時点では日本は領域を守るための行動(自衛手段)を取ることはできませんが,「入るなよ,入ったら知らんぞコラ」と注意をすることはできるんです。

③経済水域
 そもそもこの200海里を領海だと主張する国がありました。領海や水産資源・鉱産資源の明確な国際規定はなく,各国が独自の理解で争っていたのです。日本もこのような議論が活発になってきた1970年代,「200カイリ漁業専管水域」というのを設定しています。これは魚などの水産資源に限って自国の利益を守ろうとしたのですが,それは逆に遠洋漁業の衰退にもつながります。
 このような海をめぐる国家間の争いに国連が中心となって取り決めをつくったのが,国連海洋法条約(1982)です。今お話している海に関する取り決めはみんなこの条約によるものです。

大陸棚
 地形的には水深200m以内の浅い海底をいいますが,国連海洋法条約では,200海里までの海底を大陸棚として沿岸国は主張できるとされています。一定条件を満たせば,最大さらに領海の基線から350海里まで延長することができます。

⑤領海や経済水域が重なったら
 領海や経済水域が他国のものと重なる場合は,両国から等距離となるように中間線を境界として設定します。合理的な解決方です。また漁業では両国の合意による漁業協定などを結び,その境界を越えて相互入漁可能許可をとって解決します。また日本の遠洋漁船は世界各国の経済水域内で漁をおこなっていますが,これもその国や地域の許可を得て操業しているのです。
東シナ海ガス田問題
 東シナ海では日中両国が海底ガス田の開発を進めていますが,両国の排他的経済水域の認識の違いが問題となっています。日本が中間線を主張しており,現在のガス田はこの周辺に分布しています。一方,中国は大陸棚の先端である沖縄トラフのラインまでを主張しており,中間線周辺のガス田だけでなく,大陸棚一帯に開発を広げようとしています。


公海
 経済水域のさらに外側の海を公海といいます。どの国の支配も受けませんし,どの国も自由に航行・利用できます。逆にいえば海だけを領有することはできないのです。これを「公海自由の原則」といいますが,長い歴史の中で慣習法として守られていましたが,現在は国連海洋法条約で条約化されています。

⑦深海
 大陸棚の外側のどのどの国にも属さない深海底の鉱産資源については国家も個人も開発が禁じられています。ただしこの条約のもと国際海底機構が設立され,この機構の直接あるいは直属の機関・事業体には開発が認められています。

3.南極条約
 南極はどこの国にも属しません。その国際法的根拠となる条約です。取り決められている主な内容は次の通りです。
・南極地域の平和利用(軍事的利用の禁止)
・核爆発・放射性廃棄物処理の禁止
・科学的調査の自由と国際協力
・南極地域における領土主権・請求権の凍結

 科学的調査に関して日本は昭和基地を筆頭に「あすか」・「みずほ」・「ふじ」という観測基地を設けています。

4.国境
ベルリンの壁
 緯度や経度以外の人為的国境の代表例として,かつてのベルリンの壁があります。ドイツが東西に分裂していた戦後から1989年までの冷戦時代,東ドイツの首都ベルリンも西ベルリンと東ベルリンに分断されており,西ベルリンは西ドイツの領土(飛び地)でした。そこで東ドイツ政府は,東ベルリンから西ベルリンへの亡命(国を捨てて別の国に移り住む)を防ぐため,高い壁を建設して警備員を置いた。冷戦の象徴的な建造物です。冷戦の終結とともにこの壁は市民の手で壊されました。戦後の世界の歴史ではよく資料に出る問題です。

②日本の北方国境設定の歴史
1855 日露和親条約
    千島列島は択捉島以南を日本 得撫(ウルップ)島以北をロシア領 樺太は両国人雑居地
1875 樺太・千島交換条約  
    千島列島は日本領  樺太はロシア領

1905 ポーツマス条約 
    南樺太(北緯50度以南)の樺太を日本領とする

1945 終戦前後にソ連が日ソ中立条約を破棄
    南樺太・千島列島(北方四島含む)に侵入し,実効支配
1951 サンフランシスコ平和条約 日本は千島列島を放棄
    ・日本政府は択捉島以南は含まれないとする
    ・ソ連(当時)はこの条約に調印していない
1956 日ソ共同宣言
    ソ連は日ソ間で平和条約締結後に歯舞・色丹の二島を返還するとしたまま今日に至る

②インドとパキスタン
 インドとパキスタンはもともとともにイギリスの植民地として1つのまとまりでした。戦後イギリスから完全独立を果たすわけですが,独立の父ガンディは1つの国として独立したかった。けれども宗教の違いから分離独立します。ヒンドゥー教徒の多いインドとイスラム教徒の多いパキスタンです。
このパキスタン,独立当時はインドを挟んで東パキスタンと西パキスタンに領土が分かれていました。のちに東パキスタンは独立してバングラデシュとなります。
 また北部のカシミール地方は住民の多数はイスラム教徒でしたが,時の支配階級(藩王)がヒンドゥー教徒でした。そこで独立の際,住民はパキスタンに帰属したかったんだけれども,藩王はインドを頼った。そこでインドとパキスタンとの間に戦争がおこりました。(印パ戦争)現在でもどちらの国に属するかはっきりしていない紛争地域です。インドとパキスタンがともに核兵器をもっているのはこのカシミール問題があるからです。地図帳では両国の停戦ラインが引かれているだけです。

③中国とインド
 ブータンという国の東側,中国とインドの国境があいまいになって,地図では2本の国境らしきものが引かれています。北側に引かれたラインをマクマホンラインといい,インドが主張している国境です。これはインドがイギリス支配を受けていたころ,イギリスの外交官マクマホンという人物が当時できて間もない中華民国との間で取り決めがあった国境です。しかし現在中国は南側に引かれたラインを国境と主張しており,これも中国とインドとの間の国境をめぐる戦争にもなりました。現在はマクマホンラインまでインドが実効支配しています。

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