地理 第6回 農林水産業   発展編2 日本の農業

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現在の日本の農業

1.日本の農業政策
①食糧管理制度(1942~1995年)
 日本人にとって米は主食ですので,米の安定供給は政府にとって最重要課題の1つです。特に戦時の食糧不足は深刻なものでした。そこで1942年,東条英機内閣は食糧管理法を制定し,食糧を政府の管理統制することにしました。食糧管理制度のはじまりです。管理したのは主食となる米・麦の生産量や価格です。
 1960年の改正によって,政府が生産者である農家からできるだけ高い価格(生産者米価)でお米を買い入れ,消費者に対してはできるだけ安い価格(消費者米価)で販売するという仕組みになりました。米農家の収入安定を目的としたものです。高い価格で政府が買ってくれるので生産量は伸び,安く売ってくれるので消費者は安心して米を買うことができる。ただしこれには大きな問題があります。政府は高く買って,安く売るのですから当然これに関しては財政赤字なのです。(下【例題】参照)

②高度経済成長期(1960年代~70年代の農政)
 1950年代中ごろから日本の高度経済成長がはじまると,戦後50%以上を占めた第一次産業の割合が減少し,第二次・第三次産業人口の割合が第一次産業を上まわります。そんな中で政府は今後の農業政策の指針を示すため1961年,農業基本法を制定します。農業生産性の向上,経済成長にともなう農工間の所得格差の是正,農業の近代化(機械化)などを柱とした農業の憲法というべき法律でした。
 しかし農家の兼業化は進み,機械化によって削減された労働力は都市へ流失していきます。「三ちゃん農業」という言葉が流行ったのはこのころです。「三ちゃん」とは「じいちゃん・ばあちゃん・かあちゃん」。「とうちゃん」と「にいちゃん・ねえちゃん(若者)」は出稼ぎや就職で農村を離れて都市へいってしまった。
 また食生活が西洋風に変化したことによって小麦や肉類の消費が増加し,穀物(食用・飼料)の輸入が増加。米以外の食料自給率が低下の一途をたどりました。
 さらに食生活の変化は米の需要を減少させます。その一方で政府の援助・保護を受けた農家(特に高度経済成長から取り残された東北・北海道)では米の収穫量は上がっていきます。1967年には生産過剰になり,米余りが深刻化しました。これは同時に食料管理制度における赤字が増加することを意味します。

 1969年,赤字を少しでも減らそうとする政府は一部の良質の米に限り政府を通さず,政府公認の業者(農協など)に米を直接販売することを認めました。こうして流通した米を自主流通米といいます。古米や低質米はこれまで通り政府が管理します。米にはこれまで食糧管理制度のもとであっても勝手に市場で売買されていた自由米(ヤミ米)というのもありましたので,これと区別するために名づけられた名称です。
 さらに1970年,稲の作付面積を減らす政策もとります。これが減反政策です。政府は休耕・転作に補助金を出してこれを奨励。日本各地の田んぼは園芸作物(野菜・草花)へと変えられていきます。西日本や大都市近郊などは各地の自然・社会条件を利用して特色ある作物を生産するようになります。
 秋田県の大潟村は減反政策の犠牲になった村の例です。大潟村は日本第2位の湖であった八郎潟の干拓によって生み出された人工の土地でした。この国家的大事業の目的はもちろん耕地を増やすため。ここに夢見て集まった農家は,地代・設備投資(米を作るための)など借金をして入植しましたが,そこへ政府の政策転換。自殺者まで出たそうです。

 減反の成果はすぐにはあらわれませんでした。生産技術が向上したこともあって作付面積を減らしても米の生産量はあまり減少しなかったのです。困った政府は政治的に在庫米を処理したり,1980年の冷害による生産量の減少,減反の徹底によってやがて政府米の在庫量は減少に転じました。(下図)

[グラフ:発展編6-4 食料需給表などより]

③農産物の市場開放(1980年代の農政)

 第二次世界大戦の原因の1つにブロック経済などの保護貿易があったことを反省して,アメリカが中心となって世界の自由貿易を促進しようと結ばれた条約を「関税及び貿易に関する一般協定」,略して「GATT(ガット)」といいます。この条約名は締約国(条約を締結した国)をまとめた国際組織の意味としても使われます。
 この条約(組織)のもとでの貿易交渉は,話し合われた期間や内容によって東京ラウンドとかケネディラウンドといった表現をします。(多国間交渉であることから)1986年~1995年までの交渉を交渉開始宣言が出されたウルグアイの名前をとってウルグアイラウンドといいます。
 ウルグアイラウンドで交渉された内容は,今後GATTは世界貿易機関(WTO)という組織に発展すること。サービス貿易・知的財産権について。そしてもっとも交渉が難航したのは農産物の自由化でした。またこれと同時並行して日本はアメリカとの間の貿易摩擦が深刻化してきます。アメリカもGATTも共通して日本に求めるのは農産物の輸入の自由化。「日本は工業製品を他国に輸出して大儲けしているんだから,日本も他国の商品(農産物)をもっと買いなさい。日本は自国の産業だけを保護していていいのか。」と日本バッシングを受けます。そして日本は1980年代後半にはほとんどの農産物の自由化に合意します。1991年の牛肉・オレンジの輸入自由化によって,米は最後の砦となったのです。(実際は麦・乳製品などもある)
 ここで少し勘違いすることがあるので注意事項。自由化とは理想的には関税すらも撤廃してしまうことですが,それのみを指していうのではありません。輸入量(枠)を撤廃することも自由化です。今まで輸入を禁止していたり,輸入量を制限していたのをやめる。そのかわり高関税をかけるのも有です。これを「関税化」といい,例えば1991年の牛肉・オレンジの自由化とは,「輸入枠を撤廃し,関税化した」ことをいいます。「自由化なのに関税化」,一見矛盾しているようにみえますがそうではありません。

④米の輸入自由化
 1993年,記録的な冷夏が日本を襲います。梅雨前線が停滞し梅雨明けが遅れ,日照不足は米の収穫に大きな影響を与えました。この著しい米の不作は「平成の米騒動」と騒がれました。上のグラフ「米の生産動向」をみてみましょう。この年の米の生産量は781万トン,日本人1人あたりの米の年間消費量は95.7㎏と農林水産省の統計では発表されています。この年の日本の人口は約1億2500万人ですから,単純計算すると日本人全体で約1200万トンの米が必要になります。一方で政府米の在庫はほとんどありません。
 政府は米の緊急輸入を決定,これまで終戦後の一時期を除いてかたくなに拒んできた米の輸入を認めたのです。このときタイやアメリカの米が日本に輸入されました。
 緊急事態とはいえ,日本は米の輸入実績をつくってしまったのです。時の内閣がちょうど非自民の細川護煕(もりひろ)内閣であったことも歴史の面白いところです。これでますますアメリカは強気に自由化を迫り,日本の米の門戸解放の流れは決定しました。日本は1995年からの米の輸入の部分的自由化に合意し,ウルグアイラウンドは閉幕します。

⑤ミニマムアクセス
 部分的自由化といったのは完全ではないからです。「自由化」とは先ほど「関税化」といいました。日本は米に関して「関税化して自由化するのはお断りです。そのかわり毎年決まった少量(最低限)の米の輸入は約束します。その量は毎年少しずつ増やしてもかまいません。そして輸入するのは国家,日本国が直接します。」としたのです。この最低輸入量を「ミニマムアクセス」といいます。

⑥新食糧法の制定
 米の部分的自由化と時を同じくして1995年,食糧管理制度も廃止することが決まりました。新食糧法が制定され,国内の米の流通・販売が原則自由になったのです。こうして米はこれま町のお米屋さんからしか買うことができなかったのが,スーパーやコンビ二でも買うことができるようになった。これからは米は市場価格で取引されることになります。消費者は安くておいしい米を求めますから,農家はうかうかしていられません。必要とされる米を自分たちで努力してつくらなければならないようになりました。

⑦米の完全自由化
 1999年,政府は米の完全自由化に踏み切ります。完全自由化に踏み切った理由は,日本の米の品質の良さにありました。外国の米は安いがマズい。これなら外国産の米が入ってきても消費者は日本の米を買うだろうと考えたからです。
 これまで通りミニマムアクセスは続けます。これは国家が輸入する一定量の米です。これに加え民間の輸入も認めた。ただし自由化とは関税化です。輸入した米には関税をかけなければなりません。その関税率なんと778%。これなら高級米よりも高い値段で外国産の米を売ることができます。こうして現在すべての品目の自由化(関税化)が達成されたのです。
セーフガード
 WTO(世界貿易機関)や自由貿易協定では,ある品目の輸入の急増が自国の産業に重大な損害を及ぼしていることが確認されると,一時的に輸入量の制限や関税の付加が認められています。これをセーフガード(緊急輸入制限)といいます。日本では2001年,中国産の生しいたけ・ネギ・い草に対して発動しています。

2.新農業基本法(食料・農業・農村基本法)
 1999年,1961年の農業基本法にかわる新しい農業基本法として制定されました。現在の日本が抱える農業問題に対応するためのものです。旧基本法の目的は先に出たように農業生産性の向上,経済成長にともなう農工間の所得格差の是正,農業の近代化(機械化)などでした。新基本法では「食料の安定供給の確保」・「農業の食料安定供給以外の多面的機能」・「農業の持続的な発展」・「農村の振興」を4つの柱として今後の農政の道筋を示しています。

①食料の安定供給の確保
(1)食料自給率の向上
 この問題は基礎編から常に出てきたことがらです。それだけ重要なよく出る問題だということ。現在新農業基本法における食料・農業・農村基本計画では,食料自給率の目標を2025年度で45%という数字を出しています。この「45%」とはどういう数字なのでしょうか?
 食料自給率には重量ベース,生産額ベース,カロリーベースのだいたい3通りの計算方法があります。下の表では「供給熱量」がカロリーベース,その他は重量ベースです。

日本の食料自給率
年度 供給熱量 主食用穀物 穀物
(食用+飼料)
小麦 豆類 野菜類 果実類 肉類 鶏卵 牛乳乳製品
1970 60 74 46 106 9 13 99 84 89 97 89
1980 53 69 33 100 10 7 97 81 81 98 82
1990 48 67 30 100 15 8 91 63 70 98 78
1995 43 65 30 104 7 5 85 49 57 96 72
2000 40 59 27 95 11 7 81 44 52 95 68
2005 40 61 28 95 14 7 79 41 54 94 68
2010 39 59 27 97 9 8 81 38 56 96 67
2021 38 61 29 98 17 8 79 39 53 97 63


[グラフ:発展編6-5 データブック オブ・ザ・ワールド2024より]
 これまで基礎編・応用編で学んだのは品目別の自給率で,これらは重量ベースの自給率です。ここではまた違う視点から自給率をみることにします。上の表の左側にある供給熱量(カロリーベース)の自給率です。近年日本はカロリーベースの自給率が40%を下回る数値になっています。この「40%弱」という数字を頭に入れておきましょう。食料自給率の目標「45%」とは,カロリーベースの自給率を現在の40%から45%に引き上げることを意味しています。
 カロリーベースの自給率の計算の仕方は〔1人1日あたりに供給される国産の食べものの熱量÷1人1日あたりに供給される食べものの総熱量×100〕です。それでは日本人の「1日1人あたりに供給される食べものの総熱量」はどれくらいでしょう?約2500kcalです。欧米人は3500kcalぐらいで,やはり欧米人は肉類の消費量が多いからでしょう。(このカロリー数の比較も出題歴あり)これに対し「1人1日あたりに供給される国産の食べものの熱量」は約1000kcal。ですから1000÷2500×100=40(%)

 このカロリーベースの食料自給率には注意すべき点があります。まずは「畜産物」についてです。
 日本人1人1日あたりの食料総供給熱量約2500kcalのうち,約400kcalが畜産物によるものです。この畜産物の供給熱量(カロリー)は,肉や卵などを生産するために必要な飼料をカロリーに換算して計算されているのです。これをオリジナルカロリーといい,畜産物のカロリーベース自給率を考えるときは,畜産物自体のカロリーではなく,オリジナルカロリー(飼料カロリー)で計算します。
 例えば上の表から重量ベースで鶏卵は95%ぐらいで非常に高い自給率であることがわかります。しかし鶏を育てるためには飼料穀物が必要です。鶏は国内産ですが,飼料のほとんどは海外から輸入しています。そこで飼料の自給率を考慮に入れて計算します。計算方法は品目自給率(重量ベース)に飼料自給率を乗じて求めます。鶏を育てるための飼料自給率は10%ほどですので,95%のうちの10%しか国産の飼料で卵は自給していないことになります。つまり95×0.1=9.5%となりかなり低いわけです。これを畜産物全体でオリジナルカロリー(飼料カロリー)で考えると16%ほどになり,供給熱量ではたった64kcalになります。(400×0.16)非常に低い。
 次に分母全体の「1人1日あたりに供給される食べの総熱量」についてです。これは日本に出回っている食材の総カロリー数÷日本の人口で求めています。でもね,スーパーやコンビニでは毎日たくさんの賞味期限切れで廃棄処分になっている食べ物がある。日本人の口に入らなかった分のカロリーまで計算に入れているということです。

(2)食料安全保障
 これまでみてきたように日本の食料自給率は低く,多くの食料を輸入に頼っています。これは食料を輸入する輸入先の事情に大きく依存しているということでもあります。例えば輸入先で大災害や紛争が起きると輸入が途絶えるおそれがある。それに備えて,食料自給率を高める必要がある。このような考え方を「食料安全保障(論)」といいます。それではどのようにすれば食料自給率を高めることができるのでしょう?
 もちろん国内生産を増加させることが必要です。そのため新農業基本法では「食料の安定供給の確保」とともに「農業の持続的発展」・「農村の振興」もセットで基本理念にあげている。畜産物に関してはオリジナルカロリーに注目して国産飼料の割合を増加させればよい。
 何か人任せのような単純な案ばかりですが,だれもができることもある。みんなが食生活を見直してみるのです。畜産物(肉や脂肪)のとりすぎはオリジナルカロリーを高めることになります(輸入飼料が増加する)。米や野菜・魚などを日ごろから多くとる(オリジナルカロリー=飼料カロリーを低くする)ことで総カロリーを変化させず,国産食料を多く消費することにつながります。
 野菜ばかりじゃいや,肉もたくさん食べたいという人は廃棄処分になる食料を減らすことを考えましょう。廃棄処分になる食料が減ればカロリーベースの食料自給率は分母が小さくなるのでアップします。(現在賞味期限の見直しも進められている)

 食料の安定供給には自給率を高めるだけではいけません。調達先にも配慮する必要があります。現在の日本の食料輸入先はアメリカ・中国が飛びぬけて多く,この2国に偏っています。この偏りをなくし調達先の多元化を考えておくことも大切です。特に中国との政治的緊張感が高まると,いつ対日輸出規制が発動されるかわからない。また農業・食料加工業・家庭での炊事にもエネルギーが必要です。食料だけでなくエネルギーを多元的に確保することも食料安全保障には重要な課題です。

(3)フードマイレージ
 食料の安定供給の確保をエネルギーや環境面からもう少し考えます。例えば野菜は日本各地でつくっていますが,ビニルハウスなどの施設園芸農業や遠隔地からの輸送には多くのエネルギーを必要とします。これは同時に排出する二酸化炭素の量が多くなることを意味します。つまり環境への負荷が大きくなるのです。
 食品の量と輸送距離とをかけた数値をフードマイレージといい,数値が大きいほど環境に負担をかけていることなります。環境問題をも合わせた上で,今後の日本の食料問題を考えると,できるだけその土地で生産された食物を消費するのがよい。「地産地消」。結局この言葉が地域経済の活性化だけでなく,食糧問題・環境問題を包括的に解決するキーワードなのかも知れません。

②農業の食料の安定供給以外の多面的機能
 「食料の安定供給以外の多面的な機能」とは何であるか?新基本法には次のように挙げています。
・国土の保全
・水源の涵養(かんよう=養い育てること)
・自然環境の保全(水質・土壌・生物多様性など)
・良好な景観の形成
・文化の伝承
 近年,「里山」というのが日本のみならず世界でも見直されています。「里」は人間の住むところ,「山」は自然です。つまり「里山」とは人間と自然が交わるところ,ちょうど中間地点にあたります。そこでは人は自然に手を加え,水田・畑を営むと同時に自然(植物・動物)がその中で多様な生態系を築きます。人間の生活と自然が調和した空間。人間の生産活動と自然環境の保全が一体となった理想郷として注目をあびています。

③農業の持続的な発展・農村の振興
 今度は農家・耕地のあり方,つまり農業経営のあり方についてです。新基本法では農業経営法人化の推進を定めています。法人化とは簡単にいうと会社化ということで,これによって農業経営の安定化・大規模化をねらったのです。それでは法人化するとどんなメリットがあるのでしょう。
(1)意識の変革
 日本の農業はこれまで家族単位の家族経営がほとんどでした。法人化することで経営責任者としての自覚が生まれる。コスト削減・効率化の発想が促進されます。
(2)資金面の利点
 家族経営のころはあいまいになっていた会計管理を細かくおこなう必要が生じ,銀行など金融機関の信用度が増して資金を借りやすくなります。節税(税負担の減少)にもなります。
(3)社会保障の充実
 会社経営ですから,福利厚生の整備が義務づけられます。安定した収入・保険・休日など就業条件の整備は人材の確保につながります。これまで不安定な生活ということで敬遠されていた農業への就職も増加する。
(4)後継者問題の解消
 人材が確保できれば,やる気のある構成員や従業員から後継者を探すことができます。高齢化が進み,後継ぎがいなくなるという家族経営の大きな問題が解消されるのです。
(5)土地利用の自由度が高まる
 このような法人化は,まずいくつかの農家が集まった集落で形成されていきます。各戸はそれぞれで小規模な土地・機械を所有していますが,これでは作業効率が悪すぎます。中には高齢化によって農作業がおこなわれない耕作放棄地も混じったりします。これを1つにまとめ法人化することで,経営耕地が集積し,大型機械を導入しやすくなる。効率も規模も大きくなれば,経営の多角化も可能です。大規模化が進めばさらに就職先として魅力が高まります。新しい知識をもった若者や技術が集まれば,さらに付加価値の高いものを創造することも可能になります。


※現在,農業人口・経営耕地はいずれも減少の一途をたどっていますが,大規模農家を中心に経営規模は拡大して農地の集積が進んでいますので,一戸あたりの経営耕地は増加しています。(下図)

[グラフ:発展編6-6 日本国勢図会2024/25より]
④企業の農業参加促進
 これまで農家を保護するために規制してきた企業の農業参入も緩和していきます。2009年には農地法が改正され,貸借(リース)であれば一般企業やNPO法人でも直接農業に参入することができるようになりました。イオングループやイトーヨーカドーなんか聞いたことがないですか?そうスーパーマーケットなんかを全国展開している会社。例えばこれらの会社は生産から流通まで一括して管理している。そうすることで低コスト,食品の安全性を確保しているのです。
 農家の規模が大きくなり,大企業が農業に参入するようになると今度は農家と大企業との競争がはじまります。農家はうかうかしていられません。これまで農家は農協に農産物をまとめて販売していました。農家は農協を介すことで安定した販路を確保することができた反面,価格が均一になるため高値で売ることができません。そこで農家は自ら販路を切り開き,ニーズに細やかに応えるなどの努力で,より高値で売ることができる。
 農業に市場原理を導入することで経営規模の拡大・生産性の向上をめざすのも新基本法を制定した目的です。

3.現在の日本の農業
①第6次産業
 新農業基本法を念頭に入れて,これからの農業のあり方を考えたとき新しく浮上した概念が「第6次産業」という考え方です。(それを推進する法律を6次産業化法)
 産業の分類は1・2・3までしかなかった。そこへいきなり「6」ってどういうこと?じゃあ「4」と「5」は何?いろんな疑問が浮かんできそうですが,残念ながら「4」と「5」はなく,いきなり「6」です。それはこの「6」という数字,数字の順番を表していない。いうならばとってつけた「6」なんです。
 農林水産業は第一次産業に分類されましたね。農畜産物や水産物の生産が仕事内容です。例えば農家がこの仕事に加え,食品を加工する(第二次産業)・加工した食品を流通・販売する(第三次産業)仕事にまで関われたらどうでしょう?これまで第一次産業だけで農家は利益を得ていましたが,第二次・第三次産業の分(付加価値)まで手に入れることができます。つまり「1+2+3」というわけです。(「1×2×3」という見方もある)


TPP(環太平洋経済連携協定)
 これについては別のところでお話することになると思いますが,環太平洋地域の経済の自由を進めようという話し合いです。最終到達地点は例外なき関税の撤廃。アメリカのトランプ政権による政策転換によって,TPPは一時凍結状態になっていましたが,2018年にアメリカ抜きで発効にこぎつけました。(アメリカ抜きのTPPは正式にはCPTTPとよばれている)
 ところで日本は2002年から個別の国とは経済連携協定(EPA)を結んできました。最初の国はシンガポールです。なぜシンガポールとはうまく事が運んだかというと,シンガポールは農業をしていないからです。だから日本に安価な農作物が無関税で入ってくる可能性がないのです。

③減反政策の廃止
 2013年,安倍政権は2018年に米の減反政策を廃止する方針を出しました。減反政策によって米の生産量を減らしてしまうと小規模農家は大きな打撃を受けます。そこで政府は減反に協力した農家に補助金を出して小規模農家を保護してきました。
 廃止を決めたきっかけはTPPです。TPPを締結すると海外から安い米が大量に輸入されるようになります。減反政策をやめれば補助金もなくなるので,小規模農家の中には農業(米作り)をやめる農家が増えます。そうすると大規模農家や農業法人によって農地の集積が進みます。農業規模の拡大と効率化によってコスト競争力を高めていくことをねらってのことなのです。(そうはうまくことが運ぶかどうかはわかりません)
 いずれにせよTPPの参加によって日本の農業政策は保護政策から市場競争原理の中に大きく踏み出していくことになりそうです。

④有機農業
 よくある勘違いですが,「肥料」と「農薬」は違います。「肥料」は作物のための栄養です。もっというと作物ではなくそれを育てる土地を肥えさせるためのものです。「農薬」は作物を病害虫から守る薬品。雑草の駆除も農薬の仕事です。農薬は使う種類・量・使用法によっては人体に悪影響を及ぼすことがあります。戦後,占領下にあった日本の衛生状態を改善するためにアメリカによってもたらされたDDTという防虫剤もあれば,ベトナム戦争でアメリカ軍が用いた枯葉剤には猛毒のダイオキシンが含まれており人体にたいへんな悪影響を与えた農薬もあります。
 そして肥料には化学肥料と自然由来の肥料(堆肥・草木灰など)があります。「無農薬野菜」とあっても「化学肥料」は使っている可能性があります。最近は食の安全性・健康志向から「有機農業」・「有機野菜」というのが流行していますが,これは農薬も化学肥料も使わない野菜のことです。「有機野菜」=「無農薬野菜」ですが,「無農薬野菜」=「有機野菜」ではありません。
 農林水産物・畜産物やその加工品の品質保証を示すマークにJASマーク(日本農林規格)というのがありますが,さらに有機食品には「有機JASマーク」を貼ることでその品質の証明・保証をしています。

有機JASマーク

⑤食の安全性
 古くは四大公害病のうち,四日市ぜんそくを除く3つの公害病も有害物質を含む食料を口にしたことからおこりました。近年おこった食の安全性をめぐる重大な出来事をとりあげておきます。

 年 出来事  影響など 
2000 改正JAS法  ・すべての飲食料品に品質表示義務化
・すべての生鮮食料品に原産地表示を義務化
・有機食品に第三者認証制度の導入
遺伝子汲み換え食品の表示の義務化 
2001 BSE(俗に狂牛病)   千葉県で国内で初めてのBSE感染牛が発見
2003 食品安全基本法  内閣府食品安全委員会設置 
2003 BSE  アメリカで確認され,アメリカ産牛肉の輸入停止
2007~ 中国産冷凍食品 冷凍餃子・肉まんなどから高濃度のメタミドホス(殺虫剤)を検出 
2005~ 鳥インフルエンザ  現在鳥から人への感染はないが,将来変異の可能性 
2008 事故米不正転売  工業用として政府から売却を受けた事故米を米穀業者が食用として販売。(事故米とは,水濡れ・カビ・基準値以上の農薬によって食用として利用できない米。非食用の米にはミニマムアクセス米など外国産の米をあてることが多い
2010 口蹄疫(こうていえき)  口蹄疫(家畜伝染病の1つ)が宮崎県で大流行。約29万頭の家畜を殺処分。 

 なお食の安全性に関しては食品衛生法というのがあります。管轄は農林水産省で,主に食品を提供する事業者の責務に関するものでした。食品安全基本法は,内閣府に食品安全委員会を置くことで,農林水産省・経済産業省・環境省・公正取引委員会など関連省庁を包括的に管轄することとなった他,消費者の役割についても明記されています。
トレーサビリティ
 
製品の流通経路を生産者から最終段階まで追跡(トレース)できるシステム。食の安全性の問題の高まりから特に食品について消費者から求められている。商品のバーコードに記録されている。BSE問題をきっかけに義務化。

4.難統計
①生産量1位[表:発展編6-6 日本国勢図会2024/25より 2022年 かんびょうは農林水産統計 令和2年]

こんにゃくいも かんぴょう キウイフルーツ
群馬 94.8 栃木 99.5 愛媛 20.9

 これらの農産物はすべて1位のみをおぼえておけばよいでしょう。

②主な農畜産物の輸入先[表:発展編6-7 日本国勢図会2024/25より 2023年]

とうもろこしの輸入先(7644億円) 大豆の輸入先(3391億円) 牛肉輸入先 豚肉輸入先 鶏肉輸入先
アメリカ 64.4 アメリカ 71.4 オーストラリア 41.4 アメリカ 24.6 ブラジル 69.2
ブラジル 22.8 ブラジル 16.8 アメリカ 40.5 カナダ 23.7 タイ 28.6
アルゼンチン 6.9 カナダ 10.8 カナダ 8.3 スペイン 18.6 アメリカ 2.1

 とうもろこし・大豆は生産量と見方は同じですが,2つが同時に出題された場合,見分けるのが困難でした。もし統計に輸入量(トン数)が書かれておれば,量の多寡で多い方が「とうもろこし」,少ない方が「大豆」と答えればよいのですが《応用編》,稀に書かれていない場合もあります。(本来はこの2つに限っては記載すべき)
 牛肉の輸入先はBSE問題があってから,アメリカの輸入量は減少,オーストラリアが1位になっているのがポイント。それに対して豚肉はアメリカが最大の輸入先スペインが統計に現れるのも特徴です。日本でも大人気イベリコ豚というやつ。豚肉の最大の生産国は中国ですが,近年中国の豚肉の輸入量が増加している。そのため豚肉の輸入価格が少しずつ上がってきています。お弁当の定番ウィンナーやベーコン・ハムの消費者価格も当然上がりますので,お母さんは大変です。鶏肉は何とブラジルが輸入先の1位。一度スーパーに行ってみて下さい。牛肉のBSE問題があってからでしょうか,牛肉同様豚肉も鶏肉も生肉のコーナーに置かれている輸入肉の多くは,豚肉ならカナダ産,鶏肉ならブラジル産が目立ちます。

③野菜の輸入先[表:発展編6-8 日本国勢図会2024/25・農林水産省農林水産物輸出入統計より 2022年]

生鮮野菜 冷凍野菜
中国 67 中国 46.6
アメリカ 8 アメリカ 24.9
ニュージーランド 5 タイ 4.6

 共通するのは両方とも中国・アメリカでほとんどが占められています。この順位はおぼえておいた方がよいでしょう。しかし冷凍野菜の方が中国の占める割合が低くなっています。これは2002年,中国産冷凍ほうれん草から残留農薬が検出されたため,中国産の占める割合が減少した。そのため価格競争では勝てませんが,品質のよいタイや台湾産の冷凍野菜(枝豆などの豆類)の占める割合が増えたのです。
 生鮮野菜ではニュージーランドが注目の国です。ニュージーランド産野菜の代表は何か知っていますか?これもスーパーに行って探してみるとよいでしょう。かぼちゃです。かぼちゃは夏野菜。日本産が流通するのは夏~秋にかけて。12月~5月は端境期になります。ところがニュージーランドは南半球ですから日本と季節は逆になります。この時期のかぼちゃはニュージーランド産がほとんどです。ニュージーランドにとっても輸出用かぼちゃのほとんどは日本向けです。

【例題】次の文をよみ,あとの問いに答えなさい。
 今日日本の①農業政策は,農業の自由化と農業生産の維持とをいかに両立させるかという大きな課題に直面している。
 第二次世界大戦中,主食である米の統制を目的として食糧管理制度が始まった。戦後も農家・農業の保護を目的としてこの制度は維持されたが,政府の買い取り価格の保障,国民の食生活の変化から次第に過剰米が生まれ,食糧管理特別会計の赤字を政府は抱えていくばかりであった。
 下図において国内の米の需要曲線をD
0,供給曲線をS0とするとき,均衡点はE4である。政府の買い上げによる生産者米価をP4に設定すると供給者はQ3から〔 1 〕まで増産する。しかし需要者は〔 2 〕まで買い控えることになり,つまり〔 3 〕だけ生産過剰である。
 これを政府が買い上げた量と一致するような販売価格を設定するためには,価格をP
1に設定すればよいことになる。ここで政府がP1の価格で販売したときの収入はОP175で囲まれた部分であり,〔 4 〕で囲まれた部分が政府の赤字となる。
 1980年代には②農産物の輸入自由化がいっそう求められるようになった。下図において自由化によって農産物の輸入がおこなわれたとすると,〔 A 〕曲線はほとんど変化しないが,〔 B 〕曲線が右に移動して,市場価格は〔 5 〕となり,総消費量はQ
3から〔 6 〕へと変化し輸入量は〔 7 〕となる。
 この場合,国内の生産農家にとっては生産量がQ
3からQ2となり,総収入はOP343で囲まれた部分から〔 8 〕で囲まれた部分へと変化するのでその影響は深刻である。
 このような国内外の課題に対応するため,近年の日本の農業政策は競争制限的な政策から市場メカニズムの機能をより重視した政策へと転換しつつある。
 その一方で,自由化の進展による国内農業のさらなる縮小を危惧する声もある。農業は農産物の生産と同時に③国土や環境の保全などの役割も担っており,④食料の安定供給⑤消費者にとって安全な食品の確保を図る観点からも一定の国内農業を政策的に維持する必要性が主張されている。


1.上の文の( A )・( B )にあてはまる語句を答えなさい。
2.上の文の( 1 )~( 8 )にあてはまるものを次のア~ から選び,記号で答えなさい。
 ア.P
1  イ.P2  ウ.P3  エ.P4  オ.Q1  カ.Q2  キ.Q3  ク.Q4  ケ.Q5
 コ.Q
1 Q2  サ.Q2 Q3  シ.Q2 Q4  ス.Q3 Q4  セ.Q4 Q5  ソ.Q1 Q5
 タ.О P
4 E6 Q5   チ.О P3 E4 Q3  ツ.О P2 E3 Q2  テ.О P2 E5 Q4
 ト.O P
1 E7 Q5  ナ.О P1 E2 Q1  ニ.P1 P4 E6 E7
3.下線部①について,次の文の中から正しいものを選び,記号で答えなさい。
ア.1960年代初めに農業基本法が制定され,自主流通米が認められた。
イ.農業基本法は,兼業化の促進による農業従事者の所得増大をめざした。
ウ.1970年初めから米の生産過剰に対応するため,減反政策がおこなわれた。
エ.1990年代半ばに外国からの市場開放の声に応えて新農業基本法が制定された。
4.下線部②について,次の文の中から正しいものを選び,記号で答えなさい。
ア.国民1人あたりの米の消費量は年々増加したため,1993年には米の緊急輸入をおこなった。
イ.1991年にオレンジの輸入が自由化されたため,現在の日本の果実の自給率は20%を下回っている。
ウ.日本の食用農産物(米・小麦・大豆・野菜・果実・肉類・鶏卵・乳製品)の中で,現在最も自給率の高いのは米であり,最も低いのは大豆である。
エ.米が投機の対象となることを防止するため,民間企業による米の輸入は一切禁止されている。
5.下線部③を重視する農業や農業政策のあり方として適当でないものを次の中から選び,記号で答えなさい。
ア.都市近郊の農地を住宅地や商業地へ転用することを奨励する。
イ.家畜の糞尿や食品くずを堆肥として再利用させる。
ウ.農薬や化学肥料の使用量を減らす栽培技術を普及させる。
エ.棚田での耕作放棄を防止する。
6.下線部④について,現在の日本の食料自給率はカロリーベースで約何%ですか。あてはまる数字を次から選び,記号で答えなさい。またこの数字を高めていくためどのような取り組みが考えられるか。簡単に述べなさい。
 ア.60%   イ.50%   ウ.40%   エ.30%   オ.20%
7.下線部④について,次のグラフはわが国のの牛肉・豚肉・鶏肉・鯨肉のいずれかの供給量の推移を示している。牛肉にあてはまるものを,グラフ中のア~エから選び,記号で答えなさい。

[グラフ:発展編6-9 農林水産省食料需給表より]
8.下線部⑤について,2003年食品安全基本法に基づいて設置された食品安全委員会が属する中央省庁を次から選び,記号で答えなさい。
 ア.内閣府   イ.厚生労働省   ウ.農林水産省   エ.経済産業省


1.輸入が増加するとは,供給量が増えることである。
2.政府が生産者価格で買い取ったときの支出総額はОP4E6Q5で囲まれた面積にあたり,販売価格によって得た収入はОP1E7Q5で囲まれた面積。すなわちОP4E6Q5-ОP1E7Q5=政府の赤字。
3..自主流通米制度は1960年代末。.「兼業化の促進」はまちがい。エ.「新農業基本法」ではなく「新食糧法」。
4..1993年の米の緊急輸入の直接のきっかけは冷夏によるものであるが,生産調整による政府米在庫量が少なくなっていたことが原因。.果実の自給率は40%を下回っている。.1999年には完全自由化し,政府が輸入するミニマムアクセスのほかに,関税を支払えば民間業者でも輸入できるようになった。
5.は環境保全にはつながらないことは明白。
7.牛肉の供給量は1991年の牛肉の輸入自由化によりのびた。また2001・2003年のBSE問題をきっかけに減少し,かわって豚肉・鶏肉の供給量が増加している。ちなみにもっとも少ないエが鯨肉。

答え:1.A需要  B供給   2.〔1〕ケ 〔2〕オ 〔3〕ソ 〔4〕二 〔5〕イ 〔6〕ク 〔7〕シ 〔8〕ツ
3.ウ   4.ウ   5.ア   6.ウ,国内生産量を増やす。(飼料作物に占める国産飼料を増やす。米や野菜などオリジナルカロリーの低い食生活をめざす。廃棄処分される食料を減らす。賞味期限を見直す。など)   7.ウ   8.ア


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